HEARTS/Double Bside

HEARTS
Double

Singalong

2016,06,11
Prince
Purple rain

4月21日、突然の訃報が全世界をかけめぐりました。
プリンス(Prince) 本名 Prince Rogers Nelson 享年57歳。

PRINCESTAGRAMさん(@prince)が投稿した写真 - 2016 3月 15 9:06午前 PDT

1958年、ジャズバンドのリーダーである父とシンガーの母の間にミネソタ州ミネアポリスで生まれます。このプリンスという嘘のような名前、れっきとした本名なのです。
彼の父親はプリンス・ロジャーという芸名で、プリンス・ロジャー・トリオというバンドを組んでおり、そこに因んでつけられたのではと言われています。
さらに日本ではこの名前に因んで、殿下というニックネームで慕われていました。

白人ばかりの街ミネアポリスで生まれた彼は、ブラックミュージックだけではなく、様々な音楽に触れて育ちます。7歳で両親の離婚を経験し、寂しさを紛らわす為にピアノを始め、ギターやベース、ドラムなどを独学でマスター。
結果、約20種類の楽器を使いこなすことまでに。
作詞、作曲、編曲、演奏、レコーディング、プロデュースを全て一人でこなし、自身のスタジオ「ペイズリーパーク」に籠ってはデビューからほぼ毎年アルバムを発表した程のワーカーホリックでした。
1978年アルバム「 For You 」でデビュー。勿論このデビューアルバムも1人で完成させています。
最近ではマイケル・ジャクソンやデビット・ボウイなど、偉大な才能を多く失ってきた音楽業界。
プリンスに関しては、「 音楽業界に最も影響を与えた最もクリエイティブな天才がこの世を去ってしまった 」とまで言われましたが、残念なことにここ日本ではマイケル・ジャクソンほどの人気はありません。プリンスの全盛期が80年代ということもあってか、名前は知っててもどんな曲があるのか全く知らない若者が多いのが実情です。
HEARTSでも例外ではなく、プリンスが亡くなった時にこの悲しみをいっしょに分かち合ってくれるスタッフは一人もいませんでした。(苦笑)

Madonnaさん(@madonna)が投稿した写真 - 2016 4月 25 4:30午後 PDT

こんなタイミングなので、久し振りにプリンス漬けになってみようかなという想いと、プリンスを知らない人達に向けて今回は入門編としてこの曲を紹介します。同名の映画と共に大ヒットした「 Purple Rain 」です。

プリンスの第1印象はというと、胸の開けたフリフリのシャツから胸毛をちらつかせ、ピチピチのパンツにハイヒールといった容姿に加えクネクネ踊りながら歌うその様。まだ中学生だった私は真っ先に拒絶反応を示しました。
そんなプリンスが、監督、演出、主役までこなし1984年大ヒットとなった映画「 Purple Rain 」。
今となってはそうでもありませんが、当時、ミュージシャンが監督、演出、主役までこなし映画を作るということは珍しいことでした。先にサントラを耳にした私は、なんだこの曲カッコイイじゃん!と思い直したことを覚えています。

映画を見たのは、それからしばらくしてから。
VHSビデオが一般に普及し始めてからレンタルショップで借りて見ました。
再度、感動。
そこから色んなプリンスのアルバムを遡りつつ聴き始めました。キャッチーなものからちょっとクセのあるものまで、いろんな彼の才能に触れるうちに、音楽を見た目だけで判断するのはもったいないなと思うようになっていました。

9分弱という長い本曲は、全米シングルチャート最高位2位。映画はキッド(プリンス)率いるザ・レボリューションの演奏で終わるのですが、9分という長さを感じず聴き入ってしまいます。映画そのものは、プリンスのナルシストっぷり全開で仕上がってますが、流れる曲がどれを取ってみても素晴らしいので、最後まで飽きずに見ることができます。

そして、この映画において大事なことがもう一つ。
世の中のプリンスに対する見方は、この映画とアルバムで180°変わったと言っても過言ではありません。主に白人を集めて行った試写会では、始まって数分で観客が総立ちになったそうです。まだまだ黒人の作る音楽に懐疑的だった白人社会に、一筋の光が見えた瞬間だったのではないでしょうか。

それもあってか、音楽業界が一番熱かった80年代にMTVが放送を開始した際、有色人種のアーティストのビデオは全体の3%に抑えられていた中、マイケル・ジャクソンと共にプリンスはプロモーションビデオの放送を許されていたほどでした。

さらに。
彼の魅力はその溢れる創作力も勿論ですが、やはりライブの華やかさにあります。私は、1989年のラブセクシーツアーを東京ドームで体験しました。

紫のスモークの中からキャデラックに乗ったプリンスが登場しあっけにとられている中、その後に続くハーレーやら天蓋付きのベッドやらが出てくるド派手な演出は圧巻でした。セットリストも80年代のミュージックシーンを牽引してきたプリンスのヒットメドレーとも言えるセットリストで、強烈な記憶として残っています。

今でも多くのミュージシャンから敬意を表されるプリンスにはたくさんの逸話が残っています。
駆け出しの頃、ローリング・ストーンズの前座を努めていたプリンス。あのルックスで歌い踊るプリンスに対してストーンズファンは大ブーイング。日に日に風当たりは強くなる中、トイレで泣いているプリンスをデビット・ボウイが慰めたそうです。
さらに、その事実を知ったミック・ジャガーは自分達のファンに対し、「 プリンスがどんなに凄い奴か、お前らには分からないだろう 」と発言したそうです。

またマイケル・ジャクソンに至っては、「 Moon Walker 」がプリンスの「 Purple Rain 」に影響されていると揶揄されたり、マイケルからの「 We Are The World 」の出演の申し出をプリンスが断ったりと、何かと対立しているように見られていましたが、実際はというとマイケルが自身のバンドスタッフに対して 「 プリンスのところに行って、勉強してこい!」と鼓舞したり、マイケルの訃報を聞いたプリンスが「 これで音楽から、本当のダンスが失われてしまった 」と哀悼の意を述べたりと、お互いに本当にいい意味でのライバルと捉えていたようです。

PRINCESTAGRAMさん(@prince)が投稿した写真 - 2016 2月 26 5:33午後 PST

4月21日、彼を悼み本国アメリカのみならず世界中に紫の雨が降りました。
亡くなる前も、6日間寝ずにスタジオに籠っていたそうです。
何かやり残していたものがあったのでしょう。
次はどんなことを仕掛けようとしていたのか・・・
それを聴くことが永遠にできないのかと思うと残念です。

今からでも遅くありません。紫の音のシャワーを浴びてみて下さい。

written byHEARTS / 田中直美